伯備線布原 (2020.8.2)

今、製作中の伯備線D51に関連して、その関連のページを検索していくうちに、「旅好きもん」さんのページにたどり着きました。最初、D51473を先頭にした3重連を見て、「ああ、473が先頭に立つのはチョクチョクあったのかな」と思いました。というのも私も473が先頭の写真を撮っています。そしてC58199牽引の客車列車を見て、「ああ、ここで私もC58199牽引客車列車を撮ったぞ」と、私の写真を探してみました。よく似ているなと思いながら私の写真を引っ張り出して比べて見ました。そして客車の窓の空き具合を見ていくと、1両目、同じ。2両目、同じ。そして4両まで比べて見ても、全く同じでした。びっくりしました。いくらなんでも何日も窓の空き具合が同じってあり得ないですよね。同じ日と確信しました。(「旅好きもん」さんのお陰で日付が判明しました)
1971.8.25は私が高3の夏休みです。受験勉強も始めていたとは思いますが、しっかり英気を養っていましたね。49年前に同じ場所で同じ列車を追いかけていたなんて、奇遇ですねえ。なんだかとても嬉しくなり、「旅好きもん」さんに連絡させていただきました。その勢いでこのページを作成しています。

写真提供:「旅好きもん」さん(ブログ「旅好き!写真好き!撮りある記」
この写真は、「懐かしき伯備線のSL」にUPされています。

 
ここから私の写真ですが、この上下の写真を見比べていただくと窓の空き具合がドンピシャ!!右写真の2枚目の左下に2人写っているその1人が「旅好きもん」さんです。 このC58199は機関士側の前方窓が、明り取りの付いた特殊な構造になっていて、模型化したいのですが、ハードルが高く難しそうです。

 
この日は朝早く福山を出発し、倉敷で伯備線に乗り換え、新見に向かいます。備中広瀬だと思うのですが、上り列車と交換。

 
人気沸騰最高潮のほんの少し前だったと思いますが、誰もが耳にしたことのある「布原の3重連」。信州からやってきた長工デフのD51473を先頭に橋梁を渡る。この後、SL廃止まで、絶好の撮影ポイントは入場料が必要でした。信じられません。

 
3両それぞれに短く汽笛を鳴らしながら苦ケ坂トンネルに進入していきます。        

 
3重連の後、単機回送と重連の貨物が続けてきます。


このD51、なんか変。まず、1000番台にもかかわらず、テンダーが船底ではありません。フロントデッキ上、煙室扉下、先輪ばねカバーの上に蒲鉾板のようなものが載ってます。これって何?

 
そして冒頭のC58199牽引の下り客車列車が来て、その次がこの前引き後押しの貨物列車です。先頭は先日途中経過をUPした戦時設計の煙室扉のまま活躍したD51861です。

 
逆向き後補機重連。 右写真の進む先には、備中神代方面に通ずる鳥越トンネルがあります。

 
逆向き単機牽引の貨物列車。


1971年4月に新設された181系DC特急「おき」。翌年3月には「やくも」に改称。

   
下り普通列車。


上り重連の貨物列車。

 
181系DC特急下り「おき」が新見を出て苦ケ坂トンネルに進入し、飛び出すと布原の舞台に現れる。

 
1日何本の重連の列車が走っていたのだろうか?夢のような世界だったんですね。

 
朝の折り返しのC58199客車列車が布原信号所でタブレットの受け渡しを。


もうこの夕方に近い時刻の写真は覚えてません。3重連撮影のためのひな壇がまだ小さいですが見えますね。この日のことも、とても懐かしい景色です。なお、今、車で出かけて行っても道路からは木々が覆いかぶさり全く見ることが出来ません。、49年の歳月を感じます。


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